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SPECIAL INTERVIEW
shotahirama
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2012年10月にリリースされた『NICE DOLL TO TALK』から約7ヶ月。早くもshotahiramaの新作『Just Like Honey』が到着した。コンセプトを完全に抜き去り、ただ音楽に忠実に、己に厳格に、そして惜し気もなく自身をさらけ出した前作『NICE DOLL TO TALK』。この15分足らずのサウンドエクスペリエンスは、ある種の電子音楽、コンピューターミュージック、蚊帳の内で戯れる実験、もしくは答えをなぞるだけの実験に慣れきった我々の耳にそれは大きな風穴を開け、その洞穴に(超感覚的で得体の知れない)真新しいきざしを吹きこんでくれた。やさしく、リアルに。まるで肩から耳元をまさぐるように。しかも極めてポップな佇まいで。

そんなshotahiramaの代名詞ともいえる作品がリリースされた後、彼はその余韻に浸ることなく次の制作に取り掛かる。そう、『NICE DOLL TO TALK』のリミックス的作品であり、DUCEREY ADA NEXINO(STEVEN PORTER)とのスプリットEPであり、タイトルはあれのあれ(!)であり、そしてなんとshotahiramaがCD媒体としては初のリズムトラックに挑戦した本作『Just Like Honey』である。

無音状態から微かに聴こえ始めるリズム。遮断。訪れる空虚。再び小さく胎動するリズム。遮断。空虚。冒頭におけるエンプティネスを挟んだ場面転換に緊張と集中力は徐々に高まり、三度始まる音量を下げたフィールドレコーディングとリズムの運動にこちらの耳が完全に開いた瞬間、突然すべてを切り崩して勃発する強靭なリズム。鋭い輪郭を持ちながらも「踊らせる」という機能を捨て置いて、ひたすら連続するリズム。ずっしりと重たくどこか軽妙に。そして、そのリズムパターンはたったひとつ。ビートを中心に置きつつも、あるのはshotahiramaが徹底してこだわる音の響きと質感。その変容と逸脱に焦点を当ててルール化した、たったひとつのリズムである。テクノでもなくインダストリアルでもないリズムミュージック。これこそ、過去ではなく今見えるもの聞こえるものを変容し、まだ見たことも聞いたこともない音を投げかけるshotahiramaの真骨頂。実践するオルタナティヴ。全体を通すと極めて未来的ながら、じっくりと耳を澄ますと、ほら、日常レベルの音の断片がすれ違い、衝突し、伸びて、縮んで、尾を引いて、形を変え、緊迫と密度を高め、砂埃のようにざらついて……まさにコンクリートに囲まれたストリートの感覚を思い起こさせるではないか。

さて、ここでshotahiramaロング・インタビュー第2弾。ということで、前作『NICE DOLL TO TALK』リリース時に続き、彼に『Just Like Honey』のこと、リズムのこと、本作でも重厚にして耳孔をくすぐる素晴らしいトラックを聴かせてくれるDUCEREY ADA NEXINOのこと、「オルタナティヴエレクトロニクス」を掲げる自身のレーベル【SIGNAL DADA】のことなど、あれこれたっぷりと聞いてみた。そして案の定(笑)、話は、現在の彼の音・人となりを知る上で絶対に欠かせないキーワード「オルタナティヴ」を中心に大きく大きく脱線して、ネルシャツからジザメリ談義にまで及ぶ。
-久保正樹






shotahirama
------ 久保 (以下K) : 早速始めます。前作『NICE DOLL TO TALK』(2012年)リリースに合わせてインタビューさせてもらった時、平間さんがおっしゃっていた「自分の作品の落としどころがアートやらなんやらだと嫌なので、意識的にそのエリアを避けている」という発言がすごく印象的でした。ミニマルファッションというよりもネルシャツというか(笑)ただ音〈ミュージック〉に忠実で、それがゆえに自身をさらけ出したアルバム『NICE DOLL TO TALK』は、所謂、音響/エレクトロニカ・シーンに背を向け、誰も訪れたことのない交差点(オルタナティヴ・ポイント)で相互作用を繰り返して日常レベルに落としこむ。まさにshotohiramaの代名詞的作品だと思います。その反響、広がりはどんなものですか?

------ shotahirama (以下S):ネルシャツ(笑)ならば、話を徐々にフランネルシャツ寄りにしていきますが、まずは、うーんと「自分の作品の落としどころがアートやらなんやらだと嫌なので、意識的にそのエリアを避けている」これは今でも変わらないです。特別、最近のインディエレクトロニクスは「アート」や「クラブ」のどちらかに含みを持つものが多い。だけど、僕は日々の営みの中/生活の中/音楽制作の中において、そのクラブやらアートやらなんやらに少しでも触れてしまうと、僕が本来持ってる音楽観やその革新性に繋がるアイデアは微塵も発揮されない事を知っている。コンセプトは邪魔にすらなる。残念ながらアートは僕の生活を豊かにはしてくれない。あれに感化されて作りましただなんて嘘だろお前って。ファックオフだね。僕ね、自分の個人史で今が一番アート嫌いなモードに突入している。だからそういったものを意識するのは避けるし嫌う。必然的ですけどね、僕の場合は。下級階層みたいな毎日を過ごしている僕の日常は笑えないぐらい苦しくて(妻と子供には迷惑かけてばっかりだし)それでも僕は音楽と向き合い続ける。ならば、例えば未来とか遠い未来とか誰も見えない予知出来ない遠い遠い未来とか、現在ここに存在しない革新性を追求する。そしてその革新性はクラブでも培えない。これは僕の日々の日常でしか得ることが出来ない奇跡の様なものなんだ。だからはっきりと言ってしまえば「クラブ」や「アート」というファクターに僕が必要とするものは含まれていない。

コンピューターでサウンドブラッシュする、それなのに僕はポップに固執するし、そのポップすらオルタナティヴに落とされたものである。矛盾やひねくれ、とにかくそんな日常と革新と逸脱、カッティングエッジ・オルタナティヴは僕の日常で育まれている。アートやクラブやエレクトロニカ的なものが排除された音楽観。常に中指立ててる様な僕が作った前作は、そんな僕の哲学を塊にして象って、さらに言えばそんなプラスチックソウルをポップに炸裂させようと風変わりなプロモーションも頑張ったりで、うん、反響は面白かったです。1枚目があっての2枚目なので引き続き愛してくれる僕のファンも含め、新たなリスニング層には電子音楽として捉える人も、エレクトロニカの括りでリスニングする人も、僕のインタビューや発言を好んでくれる方も嫌う方も、当然のようにすべての方向に置いて違う反応が返ってきました。雑誌社ひとつとってもまるで違うレビューが返ってきたり。あえていうならば、ほとんどのレビューで『とてもエモーショナルな作品だ』的類いな評価が多かったです。まぁでもとにかく、それらはすべて僕にとっては本当におまけとかプレゼントみたいなものです、インタビューのネタで語らう程面白い言葉では綴れないですね。皆様の反応に関しては真面目に扱いたい、すべてのリアクションが心に留めておきたい大切なもので、ほんと感謝しかない。

話をネルシャツ寄りにしていきましょう。というか、長いですねこの文章(笑)大丈夫かな。大丈夫じゃないだろうけど、久保さんとのインタビューはいつも構成も推敲もすべての権限が僕にあるので(笑)ようこそインランドエンパイアへ。さて、なんだっけ。そうだ、僕の日常にあるものは、労働だったり育児だったり、僕の身体の中にある残り僅かな微かな人間力を振り絞って、生活と日々生き抜く為に精一杯、無一文、働けど働けど、いつしか労働階級特有の反骨精神が如実に現れるなんてパラノイアな日々の摺り繰り返し。その矛先が僕の音楽内に潜んでいてもおかしくない。かといって、僕はギターを持って「アイ・ジャスト・ペイド・トゥデイ!」(アルビニ・レイプマンの栄光こと88年はタッチ&ゴー/音源はこちらのYouTubeをクリック)なんてアホみたいに叫ぶつもりはない。僕が持ってるのはコンピューターなんですよ。パソコン片手に僕らしさを追求するならば、それはやっぱり「逸脱」という考えや姿勢に行き着く。ノイズは逸脱ではない。ある事象において逸脱することがノイズだとも思わない。だから答えはノイズではない。ある事象において逸脱することは、そのままオルタナティヴと呼びたい。そう、ネルシャツを羽織ってね。

ネルシャツ。イエス、ネルシャツ。ウィー、ネルシャツ。僕が好き好んで聴いてきた音楽には革新性と逸脱性が両方備わっている。これは電子音楽だろうと、ノイズであろうと、ギターミュージックであろうと。みんな決まってネルシャツを着ていた(はず)さぁ、時間ですよ。ネルシャツミュージックをリストアップしました。ここに僕の逸脱のルーツやヒントが隠されている。特別ギターミュージックに不慣れなリスナーが僕のCDを買う方には多いので、あえてこういうリストアップにしましたよ。

shotahirama select-1) 100%/SONIC YOUTH
キアヌ・リーヴスから借りた黄色のフェンダーベースで登場するキム(これは知らなかったけど、どうでもいいか笑)は、がっかりする程可愛くなくて。とはいえ、とにかくこのビデオで真っ先に特筆すべき点はやはりスパイク・ジョーンズ。スケータービデオ撮らせて、鳴ってる音楽はソニックユースで、舞台はニューヨークのストリートならばもう彼の帝国は無敵だ。主役級にカメラ割りが多いスケーターのジェイソン・リーと(俳優でもあるが俳優としての彼は知らない)それからそもそもソニックユースのメンバー以外、キャスト全員がほとんどネルシャツ。ネルシャツとスケボーの為のビデオなんじゃないかな。ネルシャツミュージック。楽曲はなんてことない。けれどもとにかく中盤のメンバー全員での”hey!!”の掛け声が猛烈にかっこいい。アルバムは本人達も嫌悪感を持つ(失敗作と呼ぶ程)悪名高き92年作品「ダーティー」。僕本来のソニック・フェイヴァリッツは82年のデビュー12インチである「ソニック・ユース」(オリジナルも再発も持ってました。オリは2万ぐらいだったかな)85年「バッド・ムーンライジング」(ウェリングのカボチャカカシ)に88年の「デイドリーム・ネイション」(リヒターのロウソク)。想い出を語るならば、僕がとある中古屋で働いていたときにサーストンがやってきて(彼は宇宙規模のヴァイナルコレクター)興奮した僕が大声で「ソニックユース!(サァニッックユーッ!ぐらいの発音)」と叫んだら笑顔で手を振ってくれた。彼は勿論ネルシャツだった。

shotahirama select-2) Cut Your Hair/PAVEMENT
ほれ、ペイヴメントだ、マルクマスだ。メンバーが床屋で順番に髪を切るってだけのビデオ(髪を切る順番は現在ソニックユースのメンバーでもあるベースのマーク・イボルドから)。メンバー中2人しかネルシャツを着用していないのにも関わらずネルシャツの印象が強烈なのは何故だろうか。ビデオが進むと最終的にはなんと誰一人も着ていないじゃないか。それなのにこの感覚はなんだろうか。ネルシャツが心の中で沸き立つのを感じる。沸き立つネルシャツ。精神世界にまで達している僕のネルシャツアディクトは自分でも理解不能。スピリチュアライズドネルシャツ。楽曲は誰もが一度は聴いた事のある90年代インディーを代表する名曲即ちペイヴメント史上最も売れたベストセラーソング。ライブでバンドがこれを演奏すると、まず一回目のピークを迎えるのは間違いない。僕も正直この曲は大好きだ。ペイヴメントのライブを僕は残念ながら見ていないのだが(久保さんはある?)(マルクマスのジックスならばあるんですが)もし夢が叶うのであれば、彼らの単独公演を見たい、そしてこの曲をみんなで肩を寄せ合いながら。蛇足として、2007年のNME企画で”ロック史のベストアンセムソング”50曲中28位にもノミネートしている。冒頭のメロディは僕もしょっちゅう口ずさむほど。アルバムは94年の「Crooked Rain, Crooked Rain」で僕はこのアルバムから彼らの世界に入門している。

shotahirama select-3) Sugar Kane/SONIC YOUTH
またSONIC YOUTHですが、ほとんどマーク・ジェイコブスですね。カット割りもマーク/ネルシャツ/マーク/ネルシャツ/マーク/ネルシャツ/ソニック/ネルシャツぐらいの割合い。ほとんどマークとネルシャルの為のビデオだと思っていい。僕は服飾の学校に通うぐらい洋服が大好きだったのですが、とにかくマークが大好きだった。今から10年ぐらい前の話だけれど。このビデオはそれよりも古い92年、俗にいうグランジコレクション、ペリーエリス期のマーク・ジェイコブス。ランウェイのバックヤードでライブするソニックユース、映像を彩るのは音楽とネルシャツ。サーストンが一瞬マンドゥ・ディアオのヴォーカルに見える。リー・ラナルドがかっこいい。クロエ・セヴィニーもやっぱり可愛い(僕ね、スーパーモデル詳しいんですよ笑、時代が違うけどリリー・ドナルドソン、ジェマ・ウォード、サーシャ、ジゼル等大好きで大好きで)メインコーラスのギターリフは最早発明だね、ソニック史上最も目映く、甘美な音楽的恍惚を纏ったメロディ。聴覚に生殖器があるならもうビンビンに花咲く、これはなんだ、もう魔法レベルのメロディ、ネルシャツ摩天楼とニューヨーク摩天楼とマーク・ジェイコブス摩天楼と、なんだ、なんだよ、君の世界を奇跡の美しさで彩る。サビに入るとほんとにマジックだよ。ソニックユースのポップセンスが存分に炸裂する彼らの代表曲でもある。個人的にはサーストンが着ている青色のネルシャツがタイプ。この15、6年後にはマーク・ジェイコブスとしてのランウェイにメンバーが登場。ランウェイど真ん中でライブを行う。

というか、これここまで書いておいてなんですが、だんだん不安になってきましたね。脱線とか逸脱性症候群みたいな文章は大好きなんですが、これはそれなのか?単純に話が逸れてるだけで、まとまりつくのかしら(笑)とか言いながらも、久保さん、あります?(笑)お気に入りのネルシャツミュージック(笑)これは僕らの忠誠心を試してるんですよ、オルタナとフランネルへの忠誠心を。

------ K: な、なんと、大いなる脱線からの突然のフリ……! まあいいか。ソニック・ユースといえば『Experimental Jet Set, Trash & No Star』の頃、来日公演の翌日に心斎橋のレコード店でメンバーを待ち伏せしたことがあって。キムとヨシミちゃんが当時まだベビーカーに乗っていたココちゃんを連れているのを発見。いきり立って写真を撮らせてもらったのですが、キムがピクリとも表情を変えず、こちらにピタリとも視線を合わせずに睨みを利かせていたのが忘れられない。おーこわっ。なんて話は置いておいて、ネルシャツですね。ソニック・ユースが2つ挙がっているので僕はこれ。

久保正樹 select-1) Let It Slide/MUDHONEY
当初ニルヴァーナはあんまりピンとこなかったのですが、マッドハニーには直球パンクの勢いを感じてイチコロ。スティーヴ・ターナーのふざけたインテリ風ルックスと、いかれファズギターにぶっ飛ばされました。そしてこのPV。マーク・ターナーの王道赤チェック・フランネル(インナーTeeはモーターヘッド?)がいい具合にヒラヒラしてヨレヨレしていてかっこいい。

そして平間さん! よくぞ聞いてくれました。ペイヴメント観たことありますよ! しかも初来日。1枚目の頃ですね。ギャリー(初代ドラマー)がいた時で、開演前の会場にふらふら現れてなぜかカラフルな発砲スチロールを配り歩いていたのをよく憶えています。噂では「野菜サラダを配る」と聞いていたので、違ってなんだかがっかり。でもライヴは最低で最高。歌が始まるまで何の曲をプレイしているのか分からない……なんてざら。メンバーは演奏しながらおしゃべりしているし、ギャリーはドラムセットの隣で逆立ちしていたりするし。その後も3回観ていますが、やっぱり初来日のインパクトが強烈すぎたかな。ということでペイヴメントですが、PVではなく個人的に印象深い92年レディングフェスでのライヴ映像。

久保正樹 select-2) Perfume V〜In The Mouth Of A Desert/PAVEMENT
初期はザ・フォールのコピーバンドだった、というのも頷けるドンドコスカスカな演奏。しかしネルシャツはくたびれても声とメロディーの魅力は20年以上経ったいまでも健在。暴風になびくスティーヴ・男前・マルクマスのさわやかな髪とダボついたフランネルが素晴らしい。

あとピクシーズの「Here Comes Your Man」なんかも挙げようかと思ったのですが、着こなしが完全に牧場主というかポパイ(笑)なのでここではやめておきます。

では、そろそろインタビューに戻っていいですか……?


------ S: というか、このペイヴメントの映像、マルクマス、ネルシャツの下がセーター!?つまりですよ、セーターの上にネルシャツですよ、これですよこれ(笑)まじでどうして(笑)あとは、ピクシーズ(僕ね大好きなんです)で話を膨らましてもいいんですけど、また次の機会にしましょう(笑)


shotahirama
------ K: 今作の聴きどころの一つに「リズムミュージックとの再会」があります。なぜこのタイミングでリズムが表に現れてきたのでしょうか?ザ・スリッツの曲でいうところの「はじめにリズムありき」だったのでしょうか?それともDUCEREY ADA NEXINOとの関係がそうさせたのですか?

------ S: 「イン・ザ・ビギニング・ゼア・ワズ・リズム」30年以上も前の言葉ですって久保さん(笑)ポップグループとの7インチ。ワイかラフトレの80年盤。どちらも持ってはいなかったですが、査定は何度かしましたよ。オリ盤。そんな話はいいですか。一つ目の質問でだいぶ酷く脱線してますからね、頂戴する質問すべてで遊んでる場合ではない。しっかり答えなければ。スリッツはそんなになんですが、ワイかラフトレへ逸らすと多分超面白く喋れる(笑)その前にこの「はじめにリズムありき」の意味があまり分かってない(笑)最初からリズムにしようと考えていましたか?ってこと?ならば答えは「はい」かな。

そもそもこの作品は僕のセカンドアルバムである『NICE DOLL TO TALK』のリミックスアルバムを作る、という話から始まりました。リミックスなので、形状的にはその本編とはまったく別のものにしてやろう、と。そこで到った結論が「リズム」の追加だったんです。あくまでも到った結論。僕が強調したいのはそこに到るまでの経過、過程かな。

リズムかな、リズムでもやろうかな、俺リズムやりたいのかな、なんてまだ意思が固まっていなかった時期は「リズム」といっても漠然的なイメージも、たいしたモデルも、なんにも頭の中にはなかった。こうしたい、ああしたい、とか、そんなのがまったくなかった。それに、僕の場合「リズム」を「コンピューター」でやる、という理由から「テクノ」一昔前の「クリック」とか昨今の「インダストリアル」「ダブステップ」やらなんやら、ましてや「エレクトロニカ」なんてのには決して結びつかない思考回路になっている。エレクトロニカ的なものは、もう何年も前に頭の中から消えてるし、僕の中ではとっくに終焉してる。今の僕は電子音楽に置けるリズムより、断然ギターミュージックに置けるドラムの方がしっくりきている。特別ここ数年は。明日は違う事言ってるかもしれないけど。だから普段のリスニングミュージックは久保さんとの前回のインタビューでも語った通り、オルタナティヴミュージックばかりだ。

例えばここ数週間で言えば、ヨラテンゴの新作「フェイド」は素晴らしかった。文句無しにヨラテンゴだった。冒頭の「Ohm」はまるで行進曲のようだった。映像はKEXPでのスタジオライブなんだけど、この時のアイラはネルシャツ着用!ジョージアのドラムもアイラのギターもジェームスのベースもそれぞれが歩速を揃えて行進していて、パレードのように華やかで。インディペンデントを経た中期以降のヨラテンゴエナジーが炸裂してるこの曲には祝祭感とか幸福感とか、とにかく明日以降の未来しか映り込んでこない。97年、マタドールからの7インチに「Sugarcube」という曲がある、00年には「And Then Nothing Turned Itself Inside-Out」というアルバムに「Cherry Chapstick」という曲がある。いずれも俗にいうヨラテンの十八番。ニュージャージーの田舎共でもこんなものが作れてしまう素晴らしき歴史的名曲がある。完全にその黄金期を彷彿とさせる、プロフェッショナルとしてのヨラテンゴを感じる事が出来る。僕は87年の「New Wave Hot Dogs」が好きだけどね。なんにしろ、これらの音楽は僕を興奮させる。もちろん、未だにビザールは愛聴しているし、僕の身体を建築する一部分ではある。だけど、今回の「リズム」の追加に関して言えば、きっと、いや絶対、オルタナティヴミュージックが関係している。僕の通勤時間や休憩時間、日常のほんの僅かな隙間を彩る彼らの音楽は凄まじく強いメッセージを持って耳に残っていく。

「リズム」の追加はすぐに思いついた訳ではなくて、なんだか自然な流れ、僕の普段の生活が僕をそこに向かわせたのかもしれない。それに「リズム」を作ることに対して僕は特別な意識を持っていたし… だからDUCEREY ADA NEXINOの名前が出てくるタイミング的にはこれよりもう少し後で、ほんの少し時間が必要だったかな。決してDUCEREY ADA NEXINOだからリズムをやろうと考えたのではなくて、むしろ逆、リズムをやろうと考えたから彼を呼んだんです。



「彼にはどうかそのままで居て欲しいと伝えました」

------ K: DUCEREY ADA NEXINOのこと、そして彼とのコラボレーションに至った経緯を教えてください。また今回の制作において、平間さんはDUCEREY ADA NEXINOに何を求めましたか?また逆に何を求められていたと思いますか?

------ S: 実は僕、CD形態で曲を作るようになってからは一切リズムものをやっていなかったんです。避けていました。理由は明らかでね、これ多分いろんなところで公言してると思います。僕と同じ世代に、miclodiet、STEVEN PORTER、なんていうリズムに特化した最強な2組がおりまして、個人的に大好きなドメスティックアーティストです。プライベイトも含めれば、実際は何年も前から彼らを知っています、そしてだからこそでもありますが、間近に彼らの表現を目の当たりに見てきました。ライブは何回も見てるし、イベントを一緒に作る事もあった。まぁそれは置いといて、僕は彼らのそのどこまでもしっかりと創り込む楽曲群の完成度に感動する。ライブも作品も、なんだか最早驚き、驚嘆、そんな境地です。

miclodietもSTEVEN PORTERも、両者ともに所謂一般的なテクノミュージックからは逸脱している。miclodietは5、6年前に恵比寿のMILK(今はもう閉店しちゃいましたね)というクラブで出会いました。僕はアントゼン系列のテクノイズが大好きで、彼を聴く度に心抉られる快感を個人的に楽しんでいるのですが(笑)そんなテクノイズすら逸脱しようと、彼はさらに現代的、うーん、革新的と呼べるな、未来的な未聴のリズムヴァリエーションを加えてリスナーを弄ぶ。決して上品ではないんですが、むしろ恐怖すら感じる程暴力的なノイズヴァリエーションに泥酔する。決して飽きることのない強烈な多重層はmiclodiet(僕のファーストアルバムのリリースイベントの東京公演に出演して頂きました)で僕が一番好きなリスニングポイントです。

一方、こちらは関西ですね。京都を拠点に世界で活躍するヴァイナル・アーティスト(とでも呼べるんじゃないかな、彼は多作です)EOCことKatsunori Sawa。そして大阪在住の今や「ニューコンセプト」とまで呼ばれるYuji KondoことDUCEREY ADA NEXINO。とにかく音の汚しが曲芸的に上手い彼ら2人による STEVEN PORTER は昨今のインダストリアル系統のクラブミュージックでは既に世界的評価を得ている。debug magazineをはじめ、世界中の各メディアが絶賛している。卓越した音響知識、技術をもって試みる彼ら独特の音楽観。なんとも形容し難い不透明で視界不明瞭な音は2人のトレードマークにもなっている。霧とか靄がかかったなんだか恐ろしい音響空間。それはとても贅沢で、最高級の汚れが聴こえる(彼らには同じく僕のファーストアルバムのリリースイベントの京都公演に出演して頂きました)そしてなにより圧倒的なのはその一級品と呼べるリズムプロダクション。STEVEN PORTERに熱狂するファンが日頃増えて行く現在の状況は自然な(あたりまえの)事だと思う。

そんな彼らに僕は強くインスパイアされている。だから、せめて僕がいつか自分の作品としてリズムを作る時がくるならば、自分で確実に納得いくクオリティを提示出来る技術や創り込みが実現出来るまではやれない/やらない、と考えていました。あんな凄まじいのを同時代の現場で見てきてたからね。リズムの無駄打ち程情けないものはない。ある程度の事が出来ても、そんなある程度の事では話にならないのは分かっていた。

で、今回のリミックスプロジェクトがはじまり「リズムへの再会」「リズムへの挑戦」含め大きな意味を持つこの「リズム」に腹をくくった時、すぐに前述した彼らの名前が思い浮かびました。スプリットっぽい構成にはなりましたが、1人1曲の計2曲でまとめてみようと。そんな時かな、ツイッターにSKIRTのリミックス作品が流れてきたんです。それはそれは、耳に隙間を与えない構造力抜群の音楽。スペインのSvrecaが主宰するSemantica(セマンティカレコーズ)から発売された12インチは多くのメディアで絶賛される名作でした、そんな名作ともあればツイッターに流れてくるのは時間の問題。SKIRTは名前は知っていたので、彼女の作品をリミックスしたのか!すげぇな!(笑)みたいなテンションで、すぐに聴いてみて、いやぁ、これは聴き込みましたね、僕は現物は持っていないのでYouTubeでのPVみたいなやつをそれこそ僕の日々の生活の中に浸透するまで、1日3回以上は再生したかな。それから一ヶ月も経たないぐらいに、この楽曲の作者であるYuji KondoことDUCEREY ADA NEXINOと『Just Like Honey』の制作に入りました。

彼にはどうかそのままで居て欲しいと伝えました。DUCEREY ADA NEXINOの作品はとにかく強烈そして洗練されていますよね。圧倒的なリズムプロダクションは出会った頃よりも(最初の出会いは5、6年前)遥かに完成度が高い。今や世界のテクノシーンにおいて例えばアンダーグラウンド/オーバーグランドとセパレイトされているならば、それらすべてを巻き込んで「インダストリアルテクノのニューコンセプト」なんて呼ばれているこの事実。それはやはり尊敬というか、本当に素直に驚くし、かっこいいし、この状況は素直に喜びたい。ただそういった個人情報を抜きにしても、やはり楽曲を聴けばただただ圧倒される音楽本来の力が備わっている。圧倒的な音楽とはこういう事を指すんだと。さらにはDUCEREY ADA NEXINO特有とも呼べる、なんだか形容し難い悪趣味なノイズ、しかもやたらに重厚。分厚い。決して鉄臭いオールドスクールなものではなくて、資源に富んでいる豊かな/リッチなサウンド。資源豊富なオイルスラッジ。完成されている彼の音楽観は僕を魅了してやまない。だからどうかそのままで、むしろ彼がやりやすい様に、もしくはやりたい事があるのであればとことん挑戦して頂ける様に環境作りを僕は心掛けたぐらいで。



「焦点はリズムパターンではなくて、音の響きそのヴァリエーション、その配列。僕はそれをルール化しただけだから、僕の曲にテクノミュージックのエッセンスはまるでないはず」

------ K: その注目のビートですが、無機質で金属的な響きが一瞬工業的にも聴こえるのですが、聴き進めていくうちにこれも日常的な、ストリートの匂いまで感じさせる耳触りを覚えて胸が騒ぎました。また途中、無音から突然ビートに絡みつき、ダダの音響詩のように強烈なリズムをもって挿入される、気が遠くなるほど無限なパターンの発音/響きで作りこまれた声のカットアップが連続して胸が高ぶりました。ずばりこのビートのねらい、そして秘密を教えていただけますか?

------ S: インダストリアルとストリートの区別はつけたかった。というか意識の違い、認識の違いとしてはっきりと区別したかった。

まず、前述した通りで僕は生粋のビートメイカーではないです。音の響きという観点からそれらしきものを象ってみた、というのが一番うまい濁し方かな(笑)例えばDJにフロアでかけてもらう為に僕は何をどうしてどうしたらどうなるのか、そんなこともまるで分かっていない。どうしたら人が踊ってくれるのかなんて、ギターミュージックの原理でいいのであればここで語りますよ、けどダメでしょ?(笑)今年の1月に京都のクラブMetroという場所でRaster-NotonのKangding Ray(デイヴィッド)と一緒にイベント出演させてもらいました(糸魚さんありがとうございました!)。で、もちろん彼の音楽は好きだったけど、どんな考えを持っている人なのかまったく知らなかったから、色々とインタビューを読んだんですよ、彼の。で、彼も特別DJを意識してトラックを作っている訳ではないという一節を見つけて。彼もまた僕と同じか、まぁ少なくとも似たエリアに存在していて、音の響きというよりは質感、マテリアルに焦点を当てているアーティストで。僕自身あの巨大レーベルの中でも特別彼だけに興味を強く持っていたので、とてもその発言が印象的で好感が持てました。

話を戻すと、要はリズムが入っているトラックなので、そりゃリズムミュージックを作ったとは言えるけれど、けれど、でもね、でもでもね、本音で語るならば、僕は音響音楽の側面からそれ(リズム)にアプローチしようとしているので、ほんの少し、この「リズムミュージックです」に補足を付け足したい気持ちがある。そこで、そんな表面上では分かりづらい繊細な部分をあの無音部分や音量が極めて小さい前半部分で集約し「演出」ってだいぶ語弊があるな、それが伝わる様に「意図して」作ってみました。僕らしい作り方で。

音響詩。フーゴ・バル/ハウスマン/ツァラは僕のヒーローだけれど、彼らの様な音響詩というよりは、名もなき「音声詩」が僕のアイデアソースでした。その昔、僕がとある中古レコード屋で働いていたときに、音声詩のコーナーを作った事があるんです。音声詩っていっても、例えばこの人、って名前を挙げても誰も何も分からない、ほんと誰だよそれ、という極一般の人間、そこでどこであちらでこちらで世界のどっかのどっかのどっちかで生活している老人がテレコに吹き込んだ詩の朗読カセットテープ。そんなのを集めていました。まったく売れなかったよ(笑)でも、声は擦れて、文章は途切れて、曖昧な記憶力と衰えた読解力、そもそも老眼で衰弱した読書力、覇気のない弱った声、これらはとても新鮮な響きを持っていた。そもそも単純に聴き取りづらいんだけど、それに本当は計算されての空白であったり散文詩であったりするんだけど。当時の僕は10代だったし、とにかくそれらの響きがとても驚きだった。

リズムミュージックだからといって、制作過程の響きにベクトルを置くという姿勢は一貫している。リズムミュージックだからといってフォーカスするのはパターンでもなくて、リズムでもなくて。さっきの話で出た「質感」というキーワード、結局音の響きや質感/マテリアリズムのヴァリエーション、その配列なんです。僕はそれをルール化しただけだから、僕の曲にテクノミュージックのエッセンスはまるでないはず。僕の楽曲『Baby You're Just You』のリズムパターンはひとつです。マテリアルのヴァリエーションは多様ですが、リズムパターンはひとつ。「響き」だけが進化していく様を工程として聴かせたかったから、リズムとかそのパターンとかにベクトルを置きたくなかった。でもフォーマットとしてはポップに、かつ音楽にしたかったので、自由に遊ばずに、そんな「響き」とやらにルールを義務づけて配列した。

(パターンはあくまでも規則性という意味合いで、ルールはあくまでも規制、制限するという意味合いで微妙な「差異ある認識」を持っているのでこれを念頭に話しました)

インダストリアルとストリートの区別はつけたかったと冒頭で話しました。僕のリズムミュージックに、ある種のエッセンスやトレンドを見つけたいのであれば、これはインダストリアルではなくストリートであると説明したい。コンセプトを持たない音楽/作曲にベクトルを置く様になってからは、僕本来に備わっていた逸脱力ってのがより強度を増している。事実、かつての僕が敬愛していたインダストリアルミュージック、今はそこからストリートミュージックへと移行している。「今はオルタナティヴってのに傾倒しているんですよ僕」なんていう姿勢が、2項の違いを生んで形として耳に響かせることが出来たのかもしれない。その違いをもしかすると意識していない所で結果として作り上げているのかもしれない。

ビアンキ(サーシャ・ペレス)、ヒーマン、キャバレー、ゼヴ、ヴィヴェンザ、ナイジェル・エアーズ、ジェネピー、TNB、EG/MSB、ブリクサ、ロバート・ゴール、ソルマニア、チベット、90年代にはファックヘッドなんてかっこいいのもいましたね、これ永遠と名前が挙るので適当に今列挙したところで止めておきますが、彼らを今でも敬愛します。が、僕はニューヨーク生まれのニューヨーク育ちで30歳目前にしてスケボーにも乗る、ネルシャツでスーサイド聴きながら、刺青を隠して日々労働する。要はこの作品に置ける「リズム」のルーツはそもそもテクノやらテクノイズやらではない。インダストリアルは『死の工場』を原点に考えれば、ここ東京やニューヨークにも、つまり僕のこれまでの毎日にも、かつて一度もリアルに落とし込まれてきたものではない。そもそも工場なんて僕の生活範囲内の何処にもなかった。僕が70、80年代のイギリスやスペインに住んでいたならばともかくね。あとは、僕は良く自分を労働者階級のカスだなんて口走るんだけど、それもイギリスだけの概念で僕みたいな日本在住のアメリカ人なんかには本来当てはまらない。僕の人生に置いて工業的/産業的/衰退/腐食/崩壊/破壊/階級なんていったキーワードは現実的に力を持って目の前に根ざしていた訳ではない。

もっと現実的なキーワードとして存在しているのは「ストリート」だ。時間/文化摩擦/衝突/交流/孤独/不幸感/空虚/自殺/労働/低賃金/育児とか(笑)機械のような日常に拘束されていて、時間が最も高価で、それを買う為に費やされる日常が最も安く本質を持たない街。ここで生きて行くという現実は当時のインダストリアル同様とてもタフな事で、言い換えれば現代に置ける「インダストリアル」でもある。インダストリアルへのアンサーが往来のインダストリアルでは生理的に今はもうダメで、僕の場合は現実的で緊迫感溢れる「ストリート」だった。例えば、僕はフィールドレコーディングを過去の作品でも類を見ない程に音量を下げて使用している。音量が極めて低いフィールドレコーディングマテリアルにはより強い緊迫した現実模倣感が生まれる。あっ、今聴こえた!?ぐらいの音量を一瞬一瞬で配置している。こういうエディットは僕が得意としてることです。久保さんの質問で「無機質で金属的な響きが一瞬工業的にも聴こえるのですが、聴き進めていくうちにこれも日常的な、ストリートの匂いまで感じさせる耳触りを覚えて胸が騒ぎました」その答えはそういった事だね。

結論として、僕の楽曲は昨今のインダストリアル系統のテクノミュージックでもないし、僕が愛聴してきたインダストリアル系統のノイズやビザールでもない。インダストリアルからストリートへの移行、そしてそのストリートからの逸脱。そんなものを求める僕、僕自身の探究心と欲求かもしれない。意欲作なんて呼んでもらえれば嬉しい。なんだろね、リミックスワークというそもそものコンセプトや「リズムへの挑戦」とかいう課題によってこういった「インダストリアル/ストリート」の違いを認識する事が出来たり、僕のいろいろな意識変化の「落ち着き」を取り戻しているのかも。僕はわりかし平常心だった。これは凄くいい経験になったな。



------ K: ビートがあるという単純な理由だけでなく、今作はこれまで以上にポップでエモーショナルな作品になりましたね。以前は音に憑依する感情を「最初から狙っていくものではなく滲み出すように感じ取れるように」扱っているとおっしゃっていましたが、もしかして「Baby You're Just You」における回転力のあるエモーションは最初から意図されたものでは?

------ S: どうかな、僕は常にポップミュージックを意識しているから、これまで以上にといった特別な考えはもっていないです。エモーショナルな部分に関しても一貫していて、前作同様、これまで同様「最初から狙っていくものではなく滲み出すように感じ取れるように」扱っている。ただ、久保さんが言うので僕も考えてみたのですが、楽曲の構成、コンポジションがそういった印象を持たせているのかもしれない。リズムが入るまでの洞窟のような音響工作、それだけで3、4分使ってるのかな、そこから終盤のリズムミュージックに突入する瞬間とかはとても印象的ではあるので、それがイメージとしてフリとオチ、AメロBメロとサビ、みたいな印象を与えているのかもしれない。とすれば、これを狙っていたと考えればこんなにエモーショナルな構成はない。

けど、残念ながらこれは意図していないんです。僕が意図していたのはもっと音響的な事だったし、耳の運動をロジックとして盛り込みたかった。ビートの響きに耳がクリアに反応するように前半部分は音量を全体的に下げている。ポップミュージックの構成としてはフリとオチに結果的構成されたこのコンポジションは成功だし、狙っていたのであればなおさら、だけれど、少し違っていて、それは結果的にだいぶ大きな違いを持つ。久保さんの質問でいう「エモーション」部分に答えるのであれば答えはNOです。僕はこれを狙っていた訳ではない。



「音楽ならば音楽のルールでその革新性を求める。そして何度も言うが、その答えがエレクトロニカではない。僕はあれが大嫌いなんだよ」

------ K: ビートを中心に置くことで、いろいろな速度で伸縮しながら上下左右さらに前後に運動する音響がこれまでよりも際立ってますね。前作が「フィールドレコーディングミュージックの新しいやり方を模索した結果」ということでしたが、今作はさらに大きくエレクトロニクスミュージックの次のステージに踏みこんだ印象を受けました。この辺り、音響音楽の進化について、またこれからのエレクトロニクス・ミュージックに問われていることなど思うところがあれば教えてください。

------ S: とにかくクラブミュージックに寄添う音楽とはまた違う形が何かあればいいと思った。勿論サウンドアート云々の類いも断じて距離を保ちたい。僕は音響音楽をアカデミックな側面で捉える事はしない、僕の分野ではない。アカデミックなスペシャリストは沢山いるし、彼らを尊敬するし、だけれど僕にはまったくそういった技術がないし、そんなに興味がない。最新の技術が最新の音響を形成する訳ではない(言い切れない部分もあるけど)。まぁ、技術は身につければいいし、日々訓練(訓練は大袈裟かな)勉強はするが、要は僕はギターが下手みたいなもんで。だから、どちらかというと感覚や耳だけですべてを形成している。それをポップな方向へと導くのが僕の最終的な議題で。人やその他の音楽家と僕を差別化するうえで(そんな事普段は考えないですよ?)己の特筆すべき点を自ら挙げるとするならば、僕はこの特異な耳の全神経と頑固な哲学やオタクと呼ばれ続ける無駄な知識で作品を創り込んでいる点、だろうなと思う。

システム的に今作で特別新しく用いたソフトやハードがある訳ではない、いや、嘘だ、リズムはハードで組み込みました。スウェーデンのElektronですね、そしていつになくReaktorを用いています。だけれど僕の場合、使うテクノロジーが変わる事で僕そのものの音楽観が変わる訳ではない。音楽観は一貫している。ただ、前述したように僕の耳ですね、特別最近は僕の耳、なんだろ、日々進化しているのを感じる。だからその時その時の耳の感度で作品が創られているのであれば、今作(楽曲)は間違いなくこれまでの僕のどの作品にも似ていないスタイルを持っているだろうね。僕の耳は絶好調だった。とはいえ「NICE DOLL TO TALK」のリミックスなので、あのアルバムのサウンドファイルを幾つか使用はしている(これは僕もDUCEREY ADA NEXINOも同じだ)。そして製作期間に制限を持たせて、過去に例のない程短い時間で作り上げている。この辺の事項も、久保さんのいう「次のステージに踏み込んだ印象」に繋がったのかもしれない。

もっと音楽的な豊かさを兼ね備えた音響を僕は目指している。それもその音楽っていうのは所謂エレクトロニカの類いではないもの、うんざりだ、そしてアートの分類にも括られない。素晴らしき音楽、純度100パーセントの音楽に依存したい。そして僕の思う音楽はきっと、そこのあなたやあなたやあなたの考えや哲学を裏切り続けるものであろうね。音響音楽の進化や、エレクトロニクス・ミュージックの進化を僕に問うのであれば、技術的な所に僕の意識は無い、これらの進化はそのミュージックと呼ばれてるその本質にある。音楽ならば音楽のルールでその革新性を求める。そして何度も言うが、その答えがエレクトロニカではない。僕はあれが大嫌いなんだよ。



shotahirama
------ K: 『NICE DOLL TO TALK』はタイトルとアートワークだけに独立したコンセプトを持たせたということでしたが、『Just Like Honey』のアートワークには何かコンセプトはあるのですか? Yu Miyashitaさんとのコラボレーション作品『Sad Vacation Again』(2011年)以降、ふとした瞬間の女性を捕らえた寂しげで都会的なアートワークが続いていますね。

------ S: 今回もアルバムジャケットだけにはしっかりとしたコンセプトが存在します。だけどやっぱり音楽とはまったく関係のない「独立」したものですね。音楽の内面にコンセプトを持たせるものは僕自身まったく今は興味がないことなので。似た様な事を冒頭で話しましたが、やっぱり僕が本来持ってる音楽観を発揮する為にはその「コンセプト」ってのは邪魔になる。だけど具体的に目に見えて、ましてや触れて、なんていった物的、視覚的になんらかのフィジカルな情報を必要とするもの関しては、コンセプトを持ってプロデュースしたい。この場合で言うと、ジャケットですね。

アンハッピネスやアイソレーション、サッドネス、とにかく空虚な日常と病的な孤独感をロマンティックに表現するのが大好きなんです。これは毎回カメラマンを担当している弟のkenhiramaも同じ。前回の作品にはそれを忠実に再現した強いジャケットコンセプトがありましたね。今回の久保さんの質問で、特別力を入れて答えたい部分が「ふとした瞬間の女性を捕らえた寂しげで都会的なアートワークが続いていますね」ってやつ。レーベルのバックコンセプトであるその空虚感やら不幸感、孤独感をジャケットで演出するうえで、ファーストこそは「ハンバーガー」でしたが(あれも個人的にとても気に入ってる。サッドヴァケイションというタイトルがある中で、異国に置ける文化摩擦や例えば食事環境、そんなので巡り会えるハンバーガーひとつで何とも言い難い感情や雰囲気を出せるのはあの写真だから成せること。撮影は香港のEdwin Lo)これが生身の人間だったらどうなんだろ?男性だとどうなんだろ?女性だとどうなんだろ?もっと直接的にそれを表現する事は可能だろうか?そんな事を考えていた時期にふと、とあるバンドのシリーズを思い出しました。

僕ワナダイズのコレクトに一時期凄く集中していて。なんというか、はっきり言えば彼らの音楽よりもジャケットに強くインスパイアされる事が多かった。勿論音楽も好きだった、彼らのデビュー作は大好きだったし今でも自宅の何処かにある(はず)。特別そのファーストである90年「Wannadies」(結成は88年だけれど)彼らの世界は何処にも属さない孤立した空気を纏っていて(一世を風靡したそれまでのスウェディッシュポップと違う)とてもクールでなによりロマンティックなギターミュージックだった。乾いたジャングリーはマイナーコードの響きもあってずっと曇り空で。ネオアコースティックを定義づける字数が僕に与えられるのであれば彼らの(その作品)名前は必須だろうね。因にこのファーストの93年リイシュー盤にはボーナストラックとしてGo-Betweensのカバーも収録されている。

で、ここまで話しておいてなんだけど、僕が喋りたいのは、ニューカラーの先駆者エグルストンがジャケをやってる通称「ワナダイズ・女の子シリーズ」ってのがあって。97年のバグジー・ミー(これはLP。ファーストから7年でこんなにも痛快なギターポップに変貌するとはね。全編、全曲、愛情のみで彩られる鮮やかな、そして誇り高きギターポップ名盤は超高密度ポップ増量タイプ。ちなみに中古レコード屋で働いていた時に僕が見かけたヴァイナルは売価1万は超えてましたね。たかだか97年の作品に)のジャケットを皮切りに、7インチも4枚ぐらい続きます、うなだれてたり、座り込んだり、横になってる女の子を表紙に。実はこれがイメージソースなんです。女の子のシリーズにしようって決める最終的な決めてとなったのはこのワナダイズのジャケットだった。やるなら女の子でとことん続けようって。でもコンセプトは独自のプロットで創り込もうって。

前作『NICE DOLL TO TALK』ではどちらかというと女の子の「無感情な表情」にフォーカスしていたのに対して(空気人形の設定がありましたからね)今回の『Just Like Honey』はより(前作よりは)感情が露になった「感情ある表情」を撮るように心掛けました。エモーショナルで、大袈裟なぐらいがいいと思って、色んな事細かな設定を彼女に伝えました。例えばソフィア・コッポラの世界観を彼女と共有しました(メールで)。「ロスト・イン・トランスレーション」はもちろん「サムウェア」も(サムウェアのエル・ファニングちゃんは恐ろしい程可愛かった、うちの娘も金髪にしたい事を妻に打ち明けるが怒られる始末)。僕自身ね、友達100人!元気!SNS大好き!みたいな女の子はあまりタイプじゃない。一人でも生きて行けるような女性もちょっと違う。とにかく一人で彷徨ってる空虚な雰囲気が好ましい。何処に属するでもない、かといって社会との交流を断絶する訳でもない、必死に生きる女性が美しい。そんなコンセプトはコッポラの作品には存在する。コミュニケーションに不器用な、もしくは状況的に難しいそんな日常の場面場面を切り取る事が今回のジャケットの目的でしたね。孤独感の増幅を演出する為のオレンジ色目映い夜の都会、うつむき加減の表情。

凄く切ない表情/演技をしてくれたモデルのKyoko Hayashidaは僕のとてもとてもとても古い友人です。僕が17歳の時に彼女は15歳で、その頃よく一緒に過ごしました。同じ帰国子女の学校に通っていて、ほんとにたくさんの想い出がります、まったく思い出せませんが(笑)で、その後13年まったく会えずにいた。その13年ぶりの再会があの撮影の日なんですよ。勿論、撮影前数週間はしっかりとメールでコミュニケーションをとっていましたけど、なんというか感動的でしたね。大人っぽくなっていて、びっくりした。今はダンサーとして活動しているという彼女だから出来た表現力には大変救われましたよ。僕らがフォーカスしていたのは写真全体の構成力ではなくて、比重としてはモデルの表情や姿勢、立ち姿、女の子の雰囲気そのものにベクトルを置いてましたからね、これは表現者として日頃訓練している彼女だから出来たんだと思います。本当に素晴らしい仕事をしてくれましたし、彼女との空白の13年間がすべて取り戻せた、なんともロマンティックな撮影期間でした。僕自身とても満足している。また一緒に仕事をしたいですね。



「今作のオルタナティヴ・ラブに関して語るのであれば、パステルズよりもやはり、ジザメリに重点を僕は置いている」

------ K: というか、今さらですがアルバムタイトルもろにジザメリですよね?曲名もパステルズだったりして。相変わらずオルタナティヴ・ラヴ全開ですね(笑)

------ S: 勿論ジザメリです。そして大正解。曲名はパステルズ。曲名に関してはパステルズへの愛です。ただそれだけ(笑)なんの意味も含んでいない。僕が好きなだけ。「Baby You're Just You」89年の7インチ。というか、これが分かる人は相当なオルタナラバーズですね(笑)僕は引き続き、自分のレーベルのこういった小さな所でオルタナティヴ・ラヴを放り込んでいきます。しかし今作のオルタナティヴ・ラブに関して語るのであれば、パステルズよりもやはり、ジザメリに重点を僕は置いている。というのも僕の楽曲タイトルこそ『Just Like Honey』でも良かったのですが、アルバムのジャケットコンセプトがこれにしっくりくるものだったのでそっちへ優先した。

The Jesus And The Mary Chain、85年デビューのこのスコティッシュバンド、当然世代的には僕の上で、久保さんの世代だと、下?になるの?(笑)久保さんの年齢をここで打ち明ける必要はないですが、とにかくジザメリ及びリード兄弟をどんな流れだったかは忘れたが僕は好きだった。ソニックブームより、某”私の血まみれの愛”バンドよりも、ライドよりも。ライドに関してはアンディ・ベルってのが居ましたが(ex-ハリケーンナンバーワン)あんなイケメングラサン野郎よりサングラスが似合うリード兄弟、相当なグラサン兄弟。なにが相当なグラサン野郎かは分かりませんが、とにかくこんなにブラックフレームの似合う奴らはいない。ジムはFreeheatっていうバンドをやっていたんですがそれも大好きでした。妹であるリンダのシスター・ヴァニラも大好きです。特別両バンドが共に収録している「The Two Of Us」は大好き。FreeheatはRetoxという01年のアルバム1曲目に収録(http://youtu.be/DwreICT7eEo)、Sister Vanillaは07年の「Little Pop Rock」というアルバムの最終曲でリンダはパステルズのスティーヴン・パステルとデュエットしている。ジザメリにしろ、その後期のプロジェクトにしろ、彼らの楽曲はその劈く様な轟音(ギターミュージックではなかなか無いレベルですよ、特にライブ映像とかだと笑いが止まらない。90年代megoのピタ初号機みたい)にアホみたいに過激な歌詞、この2点がいつも取り上げられるんですが、僕は何よりも彼らのロマンティックな音楽観が好きだった。なんだかトラディショナルな音楽観に、馬鹿にした様なコード進行が、こんなにも大きなヴォリュームで演奏される。うるさくて甘美なメロディロマンスは、うん、最初に聴いた時は凄く興奮したよ。

ところで、このジザメリの「Just Like Honey」(デビューアルバムのサイコキャンディーに収録。85年ブランコ・イ・ネグロ)のイントロについて何か思う事はありませんか久保さん。ロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」からのドラム(フィル・スペクター一派のハル・ブレインが叩いてる63年のシングル)で幕開けしてるんですが、要はこのドラムと同じ楽曲を探そう!といった具合にオルタナティヴを語るとまたまた面白い。そこで、このイントロを引用した楽曲をリストアップしてみました。探せば山ほどあるこの伝統ある由緒正しきオープニングドラム。その代表とも呼べるでしょうね、この「ジャスト・ライク・ハニー」は。では、どうぞ。

shotahirama select-1) You Are The Generation That Bought More Shoes And You Get What You Deserve/JOHNNY BOY
ゼロ年代僕がとても興奮したバンドJohnny Boyのヴァーティゴからリリースした(04年)「You Are The Generation That Bought More Shoes And You Get What You Deserve」も冒頭がまったく同じ。当時絶大な政権力を持っていた音楽雑誌SNOOZERを発端にとんでもない盛り上がりを見せていたのですが、タナソーに騙される気持ちで僕はこの7インチを購入したのを覚えてる。とにかく好きなバンドでしたが、この作品以降「Johnny Boy Theme」という楽曲のみのヒットで星屑となりましたね。これにはしっかりとしたコンセプトがあるんですが、蛇足になりますかね、いいか、じゃあ駆け足で(笑)あのね「ミーンストリート」って映画でデニーロがジョニーボーイと呼ばれてて、その映画の主題歌がロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」で。ぞっくぞくするやろー(笑)

shotahirama select-2) Ha Ha Man/GUIDED BY VOICES
Yo La Tengoと並んで僕が溺愛するGuided By Voicesの96年作品「Tonics & Twisted Chasers」より「Ha Ha Man」もこのパーカッションで幕開け。ピッチが本家よりも少し気怠いのがGBV流だが、ほとんど忠実に再現しているがそこはやはりGBV、なんだかオマージュというよりは勝手な拝借といった感じでなんともクール。ローファイやインディペンデントの王様と呼ばれる彼らキャリア組にしか出せない渋い味わいがサウンドにこもってる。余談だが彼らがいなければきっとストロークスもこの世には出てこなかっただろう。ストロークスが出なければベイビーシャンブルズまでラフトレードはピート・ドハーティを介護しなかっただろうし、そうするとポスト・ピートに仕立てる悪い大人達(エディ・スリマン)に狙われるクリストファー・オーウェンスもガールズを解散しなかっただろうね。

shotahirama select-3) When Will You Come/WAVVES
僕の憧れのガールフレンド、ベサニー率いるベストコースト(ヴィヴィアン・ガールズのベースの子よりも、ダーティ・プロジェクターズのギターの女の子よりもベサニーが好き)と仲が宜しいサンディエゴのWavves。彼らはほとんどベストコーストのバーターみたいな売られ方をしてるんだけど(ところで、こいつってベサニーの元カレ?)気のせいかな、なにはともあれ昨今のガールズバンドブームに一石を投じた男の子達の逆襲、それにそもそもベストコーストに匹敵する上質なヘタクソコーストサウンドが彼らのティーンエイジルックスとそのアイドルバンド的な人気に拍車をかけブレイク。音楽はそんなにかっこよくないが、彼らの2010年作「King Of The Beach」収録の「When Will You Come」もまったく同じオープニング、スネアが少し大袈裟なのが特徴だがとにかく音楽はいまいち。ピッチフォークチルドレンは熱狂中だ。

shotahirama select-4) This Town/ELVIS COSTELLO
僕が人生で一番最初に買ったヴァイナル、エルヴィス・コステロ。僕の永遠のメガネモデル。クラフトエヴィング商會の吉田篤弘さんという作家のトークショー(この方のトークショーは、場所が本屋だろうと結構な音量で音楽を自前のセンスとやらで流し、勿論持参のCDで、そんな中で喋るというスタイル)にその昔、仕事で携わった事があるんですが、吉田さんがその時にコステロを流しながら「ミスチルの桜井さんに声が似ている」とか言い出して怒りを覚えた事がある。棚整理をしながらイベントのお手伝いをしていたので、その時手に持っていた本を全部床に落とした記憶が無くもない。が、確かに似ている。さすがにミスチルに話を逸らすつもりはない。因に僕が一番最初に買ったヴァイナルは77年スティッフより発売されたマイ・エイム・イズ・チュルー”ではなくて”アトラクションズ名義の90年ゲットハッピー。そんなコステロで僕が最も嫌いなアルバム「Spike」の冒頭を飾る「This Town」もハル・ブレイン・パーカッションで。結構崩しているが、コステロの音楽観を考えればオマージュは間違いないだろう。

The Horrorsの「Who Can Say」はそもそもホラーズのコンセプト自体がジザメリのコスプレ(悪意たっぷりに言うと)でこの楽曲も勘ぐるとすべてがそう聴こえる(それはそうと彼らみんな僕より年下)僕は好きじゃないけどDeerhoofの「Matchbox Seeks Maniac」もそうだね、Prefab Sproutの「Prisoner Of The Past」どんどん出てくる。あえてオルタナバンドで選りすぐり列挙してみましたが、まだまだある。サブポップのShinsにもデペッシュにもキングス・オブ・レオンにもハル・ブレインもしくはジャストライクハニーを彷彿とさせるものがある。大滝詠一の「幸せな結末」もそうですね。うーん、久保さん何か思いつきます?(笑)

------ K: またきた(笑)ちなみにジザメリ。世代は上ですよ。上。もちろん向こうが。リアルタイムで聴いたのは『Honey's Dead』でしたね。そして例のドラムイントロ。う〜ん、そもそもジザメリ『Psychocandy』収録曲でいえば「Cut Dead」も「Sowing Seeds」もそうだったり。ただの使い回しですね、これ(笑)でもぐっとくるんだから仕方がない。もうこのリズム、このロマンチシズム、このムードが「ジザメリ」という言葉を発すると同時に香り立つ。このイントロが流れ出した瞬間、どんなに荒廃した景色も永遠のお花畑へと変わり果てる。ずるい。ずるい。

ということで真っ先に思い浮かんだのがこちら。


久保正樹 select-1) Candy/THE MAGNETIC FIELDS
ステファン・メリット率いるポップユニットによる91年作『The Wayward Bus』から。マージ・レコードですね。彼はザ・シックスス、フューチャー・バイブル・ヒーローズ名義でも活躍している人で、宅録テイストあふれる非常にすぐれた小品ポップスを量産する天才です。日本での知名度はなかなかどうして、ですが……。僕は95年にリリースされたザ・シックスス『Wasp's Nests』で彼のことを知りました。今でもよく聴くインディーポップ・アルバムです。というかオールタイムベストです。バーバラ・マニング、ディーン・ウェアハム、マック・マッコーガン、ルー・バーロウ、アメリア・フレッチャー、アンナ・ドミノら、その筋の大物たちが参加していることからも、彼が持つ音楽の大きな魅力を理解してもらえるのではないでしょうか。さてこの曲、タイトル通り甘く、セピア色の切なさにうっとりしませんか?

久保正樹 select-2) She's Real/KICKING GIANT
あとこちらはイントロではないですが、Kレコードからリリースしていた男女ギター&ドラム・ユニット、キッキング・ジャイアントのこの曲。アルバムは94年『Alien I.D』から。2:30あたりからヨロヨロと現れる今にも横転しそうな例のドラム。そしてそのまんまロネッツ「Be My Baby」が挿入されていく展開。これも一つのオルタナティヴ。懐かしくて恥ずかしくて……つまり最高ですね。

久保正樹 select-3) No Dancing/ELVIS COSTELLO
そしてコステロといえば1枚目『My Aim Is True』収録のこの曲もそうですね。そして3分足らずの曲の中にあんなこんなを詰めこむ力量と熱量の爆発はアルバムの中でもこの曲がピカいち。始めのサビの後に徐々に盛り上がりを見せ、2回目のサビでおもむろに例のリズムに戻るところなんて、さらに「あの娘とダンスは踊れない」なんて、もう涙なしに聴けませんよ。しかしこのライヴ映像かっこいいですね。

ほかにも平間さんも大好きなヴィヴィアン・ガールズ『Everything Goes Wrong』収録の「Tension」なんかももろにそうですね。

あと、これは余談になりますが「Just Like Honey」のオープニングドラムを(スタンディングで)叩いていた張本人。現プライマル・スクリームのボビー・ギレスピーですね。来日中に僕が働いていたレコード店に来たことがあるのですが、物の見事にヘロヘロでズボンのチャックは全開でした。そして、訳の分からないレゲエ・アーティストの問い合わせをしてスタッフを困らせていました。

以上、お後がよろしいようで。平間さん、戻します。


------ S: すんごい。お見事。というかこの脱線祭り楽しすぎる(笑)これ連載にしますか(笑)毎回、お題作って。僕がもう少し有名になったらやりましょうね(笑)祝祭感満載、まるでクリスマスホリデーを連想させるようなドン、ドドン、タンッ/ドン、ドドン、タンッ/ドン、ドドン、タンッ/ドン、ドドン、タンッ/のタンッにはシャリンッってのが含まれていて。ごめんなさいね、こんな解説で(笑)今ね、朝方の4時(笑)ググると色んな議論がそこらでありますよ、このイントロに関しては。「Just Like Honey」はこのドラムからやがて始まるストロークがなんとも切なく弱々しい、項垂れた擦れた響きが神々しい”美しすぎる”金属ギター。すべてのプロダクションが僕の好み。オリジナルは85年の7インチ、ドラムはプライマルのボビー(因に僕はロンドンのスターバックスで彼に会っている/そっくりさん説あり)(あとはフジロックのグリーンステージで寝ながら歌ってたのを見てる)。なんだっけ。えーと、だからとても好きな楽曲。因にジザメリのこの「サイコキャンディー」というアルバムでは「Sowing Seeds」ってのが収録されていますが、なんとこれも冒頭は同じイントロ。

で、この曲「Just Like Honey」は先ほどの質問で触れたソフィア・コッポラの「Lost In Translation」のエンディングでも使用されていますね。ビル・マーレイとスカーレット・ヨハンソンが新宿(”ダウンタウンの松っちゃんがよく行ってたというAV屋”ということで僕らが学生時代入り浸っていたエロビデオ屋の近く)でシークレットキスって言うんですか?キスして永遠のバイバイをした直後にドン、ドドン、タンッ/ドン、ドドン、タンッ/ドン、ドドン、タンッ(以降、繰り返し)僕の楽曲「Baby You're Just You」にもジザメリの「Just Like Honey」然りハル・ブレインのパーカッションブレイクに通ずるワンパターンを感じ取る事が出来るかもしれない。感じ取れないかもしれない。言い過ぎた。感じ取れないです。嘘つきました。だって、音を作り込んでる時はまったくそんなの意識してないから(笑)いやぁ、久保さん、楽しいっす(笑)



shotahirama
------ K: 作品を発表するごとに、注意深く磨き抜かれたオルタナティヴな視点で(音だけに限定されない)新しい意表を与えてくれますが、『Just Like Honey』にまつわる諸々で新たに挑戦したことは何ですか?

------ S: とにかく僕のこの逸脱性と挑発的なまでのアンチ・エレクトロニカな姿勢を、例えば今回のインタビューのタイトルに含ませて冠づけてる訳です。「革新的忠誠心」ですよ、笑っちゃうけど、社会不適合者寸前だった僕の過去の音楽人生、そこで培ったやっかいな音楽史を(ビザール、ノイズ、オブスキュア、ラテン、音声詩)身体から抜かない限り、この姿勢は緩まないと思います。簡単な話、アルバムタイトルをここまで馬鹿正直にジャストライクハニーなんて(誰もが認知している)言葉で綴ったり、レーベルのイントロダクションテキストも今作から「オルタナティヴ・エレクトロニック・ミュージック」ですからね。「SIGNALDADAはオルタナティヴ・エレクトロニクスを掲げ、既存の概念から逸脱した革新的な電子音楽作品を発表するCDレーベルである」とウェブサイトのトップに記載しました。マニフェストですよ、レーベルのトップページなんて。

『Just Like Honey』にまつわる諸々で新たに挑戦したことは何ですか?の答えはそこですね。オルタナティヴである姿勢を、しっかりと打ち出した、という事ですね。今作、この『Just Like Honey』をスタートに。もちろん、これまでもそのつもりで活動はしていましたが、いかんせん形や文章として表に出さないと伝わりにくいですからね、こういうアティテュードみたいなものは。自分としても、はっきし言ってしまうか、そもそも言わないか、これは大きな違いを生むと思うんです、僕の場合は。

SIGNALDADAは、経営形態こそまだまだ個人事業で、所謂インディペンデント、インディーズではありますが、これは即ちアンダーグラウンドやオーバーグランドの境目を指かじって見てるという事ではない。僕はもうメジャーとして、プロの意識をしっかり持ってやっている。レーベルも小売業だし、まずは経営です。アーティストと名乗るなら死ぬまでアーティストでいなければすべてが嘘になる。これは決して遊びではない。コンセプトで人を騙そうとしてるつもりもない、本気で僕は、僕らは自分達の音楽観が革新性に満ちあふれていると考えている。真面目なんですよね、僕はきっと。まだ若いからかもしれないけど、まぁもう少しこのままガチガチに生きてみます。

とにかく僕の考えを「まっすぐ」貫くには「逸脱」しないと実現出来ない世の中なんです。確固たる意識と哲学を持って、忠誠心貫いて、未来を見据えて行く。



「ポップライフに忠実にありたい。それこそが音楽だ」

------ K: 最近〈SIGNALDADA〉としては非公式のCDRシリーズを3作品リリースしたりと、ますます音楽家としての強靭な営為を窺い知ることができますね。あらためて〈SIGNALDADA〉が向かっているところを教えてください。逆に向かいたくないところでも結構ですよ(笑)

------ S: こういう質問こそ、簡潔に綴りたい。あらゆる事象からの逸脱、既成概念の乱用、応用、変容。そしてバックグラウンドには孤独感、不幸感、空虚感といった明るくない思想。そして決してアートやノイズといった類いの哲学的思想を前面に提示していかない、極めて日常にリンクしたものを創っていきたい。ネルシャツやスケボーでもいい。そして決して使い回される様な言葉で分類される作品を創出するのではなく、革新的で、何度も言いますが「未来へと意欲的に向かう力ある音楽観を提示して行きたい」未だにエレクトロニカや、音響といえばあれやこれやといった古い姿勢を取るマイノリティの中のマジョリティとは関われない。マジョリティの中のマジョリティを意識している。より多くの人に僕の音楽や、レーベルの音楽観が伝わる様にどんどんと先へ進みたい。あなたのライフをポップに彩る為に。ポップライフに忠実にありたい。それこそが音楽だ。


INTERVIEWER PROFILE
Masaki Kubo

久保正樹
某大型CDショップのバイヤーを経て、某音楽雑誌の編集をかじり、現在は音楽ライターとして物書き。他界との境界をそこ・ここに有する音楽を中心に『intoxicate』『THE RAY』『TRASH-UP!!』などに寄稿。傍らformer_airline名義で音楽制作。イタリア、イギリスのレーベルから作品をリリースする。近々、ウィーンの【Feathered Coyote Records】より2ndアルバムとなるカセット作品をリリース予定。





CD RELEASES
Homage

『Homage』
Yu Miyashita

2015年9月20日発売: CD/ALBUM
価格 1600円(+税)




post punk

『Stiff Kittens』
shotahirama

2015年2月22日発売: CD/ALBUM
価格 2000円(+税)




post punk

『post punk』SOLD OUT
shotahirama

2014年1月23日発売: CD/ALBUM
価格 1600円(+税)





OTHER CD RELEASES
surf

『Surf』
shotahirama

2015年1月29日発売: 4CD/BOX
価格 3900円(+税)
レーベル: shrine.jp





BIOGRAPHY
shotahirama

ニューヨーク出身の音楽家、shotahirama(平間翔太)。中原昌也、evala、Ametsubといった音楽家がコメントを寄せる。畠中実(ICC主任学芸員)による記事「デジタルのダダイスト、パンク以後の電子音楽」をはじめ、VICEマガジンや音楽ライターの三田格などによって多くのメディアで紹介される。Oval、Kangding Ray、Mark Fell等のジャパンツアーに出演。代表作にCDアルバム『post punk』や4枚組CDボックス『Surf』などがある。


shotahirama is a Tokyo and New York-based electronic musician working with sine waves, white noise, and other primitive signals as source material for his compositions. In 2010 shotahirama founded SIGNAL DADA label. Received universal acclaim from both mainstream and independent publications, including VICE Magazine, Sound&Recording Magazine, Art World Magazine and more. Also he toured around the world, featuring dates in England, Hong Kong and Japan staging for Oval, Kangding Ray, Mark Fell and more.





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